エレベーターに乗り、向かった先は6階の議員執務室。それから40分ほどして、頭を下げながら部屋から出てきた男たちの顔に、笑みは一切見られなかった。
一見、永田町ではありふれた議員への陳情活動のようにも思えるが、やりとりされた会話の内容を探ると、それは陳情というより、さながら利益誘導のための"根回し"に近かった。
男たちとは、在京の金融機関の社員だ。関係者は「あくまで頭の体操」と表現するが、彼らが議員に示したのは、官民ファンドの産業革新機構を軸にして日本の液晶パネル産業を再編させる案だった。
再編先の一つには、液晶事業によって経営危機に陥ったシャープの名前もある。
金融機関の狙いは、機構による公的資金注入を基にして、シャープの中小型液晶部門と同業のジャパンディスプレイを経営統合させ、事業の競争力を高めると同時に、シャープの過少資本の改善につなげることだった。
一方で、訪問を受けた議員側の反応は想像以上に厳しかった。
競争力強化はあくまで名目であって、実質的には公的資金を使った「企業再生」の色合いがあまりに濃いと映ったからだ。
永田町でのそうしたリアクションの悪さから、金融機関による根回しは、その後途絶えるかとみられたが、実は足元でさらに活発になってきている。
シャープの高橋興三(たかはし・こうぞう)社長が、液晶事業の分社化について、決算説明会の場で選択肢の一つとして明言したことで、水面下で進めていた根回しの推進力が一気に増したからだ。
求婚相手は本当に複数か台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と交渉──。8月下旬、新聞各紙にはそうした見出しが躍った。
あたかもシャープの液晶事業に対して、秋波を送る"求婚相手"が多いような印象を与える記事だったが、そもそもシャープ以外に、鴻海との提携を真剣に模索しているような人間はいない。
鴻海と出資をめぐる過去のトラブルがいまだに解決していない上に、国が目指す日本の液晶産業の競争力強化という観点からは、全く外れてしまうからだ。
関係者の一人は、シャープが液晶事業を少しでも高く買ってもらうために、「あたかも交渉相手は複数いるんだということを、内外に見せたいだけ」と冷ややかだ。
液晶再編に向かう力学を考えたとき、シャープの意志が金融機関のそれに勝るようなことはもはや考えにくく、最大の焦点はすでに「相手」ではなく「時期」に移っている。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 中村正毅)
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